わろてんか モデルとなった人物まとめ

わろてんか モデルとなった人物まとめ!!

平成29年度後期朝の連続小説「わろてんか」が始まりましたドラマの中ではいろいろな登場人物が出てきます。その中には、実在した人物がモデルとなった登場人物がいます。

それは、いったいどの人がそうでしょうか?その登場人物を紹介したいと思います。


わろてんか モデルとなった人物のまとめをご紹介

藤岡テンのモデル 吉本興業創業者 吉本セイ(1889年~1950年)

吉本セイは、1989年大阪で米穀商を営む林豊次郎と吉本泰三(吉兵衛)と結婚しました。吉本の家は老舗荒物問屋「箸吉」です。

姑はかなりきつい人で、セイをこき使っていたそうです。与えられた仕事は奉公していた時よりきつかったそうです。夫の泰三は道楽ざんまいで仕事をしません。

そのおかげで、「箸吉」は破産してしまいました。泰三に働いてもらうために、セイは寄席を始めました。セイは実家に資金援助をしてもらい、第二文芸館を買収しました。

セイの営業努力で繁盛し次々と寄席を買収していったのです。1913年には、吉本興業部を設立しました。1924年夫泰三と死別した後弟の林正之助に助けてもらい事業を拡大しました。

1932年吉本興業合名会社を設立しました。吉本セイは”今女太閤””女小林一三”と言われたやり手女性実業家だったのです。

藤岡テンはなんの苦労もないお嬢様でしたが、吉本セイは奉公に出ているので苦労しているんですね。結婚した後も、姑にこき使われる、夫は道楽して店を廃業してしまうし、不幸の連続です。

不幸をはねのけて、寄席経営を成功させてしまったから、吉本セイという人物は、強い女性です。葵わかなさん演じる藤岡テンはどこまで吉本セイの強さに近づけられるか楽しみです。

北村藤吉のモデル 夫 吉本泰三(吉兵衛)(1886年~1924年)

吉本泰三は、荒物問屋「箸吉」を経営している吉本吉兵衛の次男として生まれました。1893年母親が亡くなる前までは、芸人道楽はしていませんでした。母親の死後、父親が再婚します。

義理の母は泰三をいじめます。義母の連れ子は聡明で父の吉兵衛は、かわいがりました。このことが原因で、父親に不信感を抱きます。

そして、家業を放り出し芸人遊びをはじめるようになりました。1907年林セイと結婚します。結婚しても旦那芸と剣舞に入れ込み一座の興行主になって地方巡業に出ていました。「箸吉」は日露戦争の後の不況で貸し倒れが増えていきました。

2度の差し押さえがあり、そして大阪市電鉄の計画のため廃業になってしまったのです。セイとともに寄席経営を始めました。

芸人道楽で得た人脈のおかげで寄席の経営は成功しました。しかし、やくざが吉本泰三のところにやってくると妻のセイにやくざの対応任せてしまい、自分は裏口から逃げて遊びに出かけてしまったそうです。

自分の妻をやくざの対応させて遊びに行くなんてどういう神経しているのだろうと思います。松坂桃李演じる北村藤吉は家業が継ぐのが嫌で旅芸人になりました。そして母親は実母です。母親から大事にされている様です。

それに対して、吉本泰三は父親の再婚相手からいじめられて心に深い傷を負ったため芸道楽の道にいってしまいました。

そのため、妻に対する対応が違います。北村藤吉は、テンと結婚したいために実家に帰ります。性格も心優しいです。吉本泰三は結婚した後も芸道楽にあけくれてセイに苦労かけてばかりです。もし自分がセイの両親だったら、離婚しなさいと言いたくなります。


藤岡儀兵衛のモデル 父 林豊次郎

吉本セイの父親は林豊次郎と言います。兵庫県赤石市出身です大阪に出てから天満あたりで米穀商を経営していました。妻ちよとの間に12人のこどもが生まれました。

吉本セイは三女になります。セイは子供の頃から賢かったので、林豊次郎はかわいがっていたようです。セイには商才がある事を高く評価していました。セイが結婚する相手には婿養子に入ってもらい、セイ夫婦に店の暖簾わけしようと考えていた様です。

北村藤吉が「箸吉」を廃業した後、セイの結婚を心配し、離婚をすすめていたそうです。セイが寄席経営の資金援助を申し込んだとき、林豊次郎は受け入れました。

遠藤憲一さん演じる藤岡儀兵衛は、林豊次郎に一番似ているかもしれません。藤岡儀兵衛は家族思いで慈悲深い人物です。

林豊次郎も店を廃業に追い込んだ吉本泰三と離婚を進めたのです。セイは苦労の連続です。父親としてみてられなかったのでしょう。あの当時は今みたいに簡単に離婚できませんよね。セイから資金援助をしてあげています。娘のセイに対する思いが感じられます。


藤岡しずのモデル 母 林ちよ

鈴木保奈美さん演じる藤岡しずのモデルは、林豊次郎の妻ちよです。林ちよは、吉本セイが尋常小学校を卒業した後、行儀見習いのため奉公に出しました。

父の林豊次郎は、セイを奉公に出さず、家業を手伝わせようとしました。しかし、林ちよは夫の意見に反対し、セイを奉公にだしてしまったのです。

吉本泰三の縁談話があった時も、父の林豊次郎は反対していました。しかし、母の林ちよは吉本泰三の縁談話を受けてしまいました。

林豊次郎の意見が通らないので、豊次郎は、ちよに頭があがらなかったようですね。藤岡しずは、おっとりした天然キャラで優しく、聡明な女性です。モデルの林ちよとは、性格が違いますね。

武井風太のモデル 弟 林正之助(1899年~1991年)

ドラマの武井風太は藤岡テンの親戚で使用人という設定ですが、モデルになった林正之助は吉本セイの弟になります。

林豊次郎の長男として生まれました。18才の時吉本興業部に入社しました。19才で総監督に就任します。1945年吉本興業株式会社の初代社長に就任します。

1950年姉吉本セイが死去した後、会長に就任しました。林正之助は、タレントや芸人の扱い、会社経営全般を取り仕切っていました。

日本の芸能界 お笑い界だけではなく関西の政財界にも大きな人脈を持っていました。濱田岳さん演じる武井風太は藤岡テンにとって兄のような存在です。

藤岡テンを守るため命をかけるところがあります。林正之助は、経営者吉本セイを支えていました。これから、武井風太がどこが林正之助と似ている行動をするのか楽しみです。

伊能栞のモデル 小林一三(1873年~1957年)

高橋一生さん演じる伊能栞のモデルは、実業家小林一三の様です。小林一三は山梨県韮崎市出身です。文学青年だったそうです。

慶應義塾を卒業後、三井銀行本店に勤務していました。経営に興味を持った小林一三は、1907年三井銀行退職後、現在の阪急宝塚 箕面線を創立しました。1920年神戸線を創立、1929年には阪急百貨店を開業しました。

その後、宝塚歌劇 阪急ブレーブス 東宝を設立しました。小林一三の経営手腕がかわれ、現在の東京電力の経営立て直しをしました。

近衛内閣の時には商工大臣になりました。戦後には戦災復興院の総裁も勤めていました。松岡修造さんは小林一三のひ孫にあたります。

藤岡テンと伊能栞は婚約していましたが、吉本セイと小林一三は婚約していません。小林一三は宝塚歌劇や東宝を設立しているので、エンターテインメントに関心のある伊能栞のモデルにちょうど良かったのかもしれません。

小林一三は経営手腕が素晴らしい人物です。高橋一生さん演じる伊能栞のずば抜けた経営手腕を期待したいと思います。

わろてんか モデルとなった人物まとめ!についてでした。

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